壁面ダンス

 Do you kill me?

 文字が躍っていた。路地裏の壁面をステージに、雲がかかった月の光をスポットライトにして、薄暗い夜をかき混ぜるようにアルファベットが跳ねていた。観客は煙草と酒とシンナーの匂いが入り混じった、空気の中に溶け込む悪臭たち。そして、そんな悪臭の波にまるで慣れてしまった僕が、とあるライターの書き残した作品を、その見事な脈動の軌跡を、ぼんやりと目で追っていた。
 それは彼の残した最後のスローアップだった。スローアップ、一色か二色のスプレーを使って、数分の間に文字を書き上げる。彼はそれまでにも数多くのスローアップを、恐らく街中のいたる所に書き続けてきた。書ける壁と切れていないスプレーさえあれば、彼はとにかく、まるで何かに取り憑かれでもしたかのように、踊る文字を即座に綴った。
「俺はさ、残したいんだ」と、彼は時たま、スプレーの音に紛れてそんなことを言った。
「みんなはこれを、ただの落書きだと思うだろうさ。どんな秩序のなってない馬鹿がやったんだって、憤慨してとっとと消しちまう。まあ、俺としては消してくれたって一向に構わないし、もし見つかって警察沙汰になったって、自業自得だもの、全て胸張って受け構える覚悟ぐらいはあるさ。――それが、ライターだ」
 彼は自分のことを、ライターと呼んだ。僕がからかいの意味も込めて、「アーティストじゃないのか」と尋ねた時には、彼は首を横に振って、どこか人を喰ったような表情をした。
「分かってねぇなあ、俺が書いてるのは絵じゃなくて、文字だぜ。『描く』んじゃないよ。『書い』てるんだ」
 文字を書くから、ライター。彼が言うと、その言葉はまるで世界共通の常識のようにも思えてきて、実際僕は訳が分からなかったのだけれど、いつの間にか「ああ」と軽く頷いていた。彼の吐き出す言葉は常にめちゃくちゃで、めちゃくちゃだからこそ鼓膜に響くストレートさを、僕は案外に気に入っていたのだ。
「でもさ、もし、このグラフィティが消されたとしても」彼はスプレーを迅速に、壁一面のあちらこちらへ動かしながら、マスクを通して若干くぐもった声のままに話を続けた。
「俺は、ここに自分がグラフィティを書いたことを、決して後悔したりはしない。消されたら確かに、人の目には見えなくなるさ。だけど、書いた俺と、まだ抹消される前にこれを眺めた奴ら、もちろんお前もだし、そして何より――壁が、覚えてるだろ」
「かべ?」
「そう、壁」
 彼はにやりと片頬を歪めて、やけに嬉しそうな声を出す。彼の指先では、もうすでに一枚のスローアップが完成しつつあった。大文字と小文字の入り混じったアルファベットが、薄汚れた壁の向こうから浮いてくる。それらの文字は皆、開演の時を舞台裏で今か今かと待ち続ける、流行の先端を疾駆するダンサーのようにも見えた。彼の書く文字にはうねりがあり、しなやかなリズムがあり、平面の壁が今にも動き出すのではないかと思わせる躍動感が、キリキリと脈打っていた。
「壁にはさ、グラフィティが、染みるんだよ」浮き足立った口調が、夜風にすうっとなびかれる。
「一度書いたグラフィティは、壁が覚えてる。壁は、グラフィティを記憶する。壁の中に残るんだ。だから、俺は自分のグラフィティが消されたって、痛くも痒くもないねッ!」
 壁は、グラフィティを記憶する。それは、僕が彼から教わったたくさんの「グラフィティ・アート」に関する事柄の中で、一番に不可解で抽象的な言葉だった。一番に、耳の奥にこびりついた言葉だった。
「さて」それから数秒も経たぬうちに、彼は壁の前から離れてマスクを外した。
「――完成だ」
 その夜彼が書いたグラフィティは、There is a person in the FOOL !! (馬鹿の中にも人はいる!)」。
 相変わらずシリメツレツだね、と僕が言うと、彼はふんと鼻を鳴らして、分かってるよと肩をすくめた。


 彼と出会ったのがいつだったのか、僕は正確な日付を覚えていない。
 恐らくあれは、まだ空気の生ぬるい九月の中旬頃であったと思う。七時を越えた夜闇の中、僕は授業で疲れた体を引きずりながら、普段はあまり通らない道を歩いて、帰路を辿っていた。特別な理由はなかった。ただ何となく、足がそちらへ向いただけだ。
 表通りから一本外れた、いわゆる繁華街の路地裏である。僕が幼い頃には、あの道は危ないから通ってはいけないと母親から何度も忠告を受けた。だが、高校生活も二年を過ぎた今では、もう親の言いつけなどとうに消え去っている。卑猥なチラシも、酔っ払ったサラリーマンの集団も、客寄せをする怪しげな女性たちも、一人で歩く夜の街の中では、全てがただの背景でしかなかった。目の端に映り、脳で認識するまでに通り過ぎていく、どうでも良い情景だった。
 そして、その派手なくせにどこか平淡な情景の中に溶け込むようにして、彼はその時も、壁の前に立っていたのだ。
 この街でも、少し前までは落書きの常習犯が耐えなかった。奴らは日が沈んでからやって来て、街中の壁や商店街のシャッター、酷い時には路上駐車されていた車の車体など、いたるところに彼らの「アート」を描いた。朝になってその痕跡が発見されても、彼らはもう人々の中に紛れ込んで、捕まることなどめったにない。警察が夜のパトロールに回っても、彼らの早業はそれこそ特技の域である、他人の気配を感じればすぐにでもスプレー缶をまとめて、夜の闇に身を隠した。
 だがしかし、いつまでもこのような行為が許されるはずもない。被害にあった住人たちは、早速落書き撤退の組合を立ち上げて、街中の掃除に取り掛かった。新しく描かれた落書きも、翌日の朝には撤去し、到底消えそうにないものまで独自の方法で念入りに消去した。
 落書きをする側としても、翌日に自分たちの作品が消されては、まるで元も子もないと察したのだろうか。住人たちの努力の甲斐あって、この街での落書き犯は月を追うごとに序々に姿を消し始め、最近ではもっぱら、月に一個か二個新しいものが描かれている程度にまで激減した。
 そのような事情を知っていたから、僕は彼の姿を一目見た時、つと足を止めてしまったのである。現在のこの街内で落書き、それも丁度描いている場に立ち会うことなど、珍しいことこの上ない。彼らの仕事は素早さがモットーだから、被害が大きく出ていた当時でも、現行犯を見かけたことなど、一介の学生である僕はただの一度もなかったのだ。
 その初めて見たグラフィティの過程は、僕の中に鮮烈な印象を残した。彼の手の動きを追うだけで精一杯だ、まるで勝手に壁から文字が浮き出てくるかのようである。壁の前に立っているのはもちろん人間なのだが、どうにも「壁」そのものが自発的に絵を描いているのではないか、と不思議な気分にもなった。雑な字体とレタリングであるのに、だんだんと現れていく文字は、それぞれが一様に、生まれ出てきたことを喜んでいるような、そんな気がした。
 ――文字たちが、壁の上で歓喜し、下手なタップを踏んで、踊り狂っている。
 そう感じた途端に、僕は壁の表面から、目が離せなくなってしまったのだ。
 目の前で繰り広げられていたショーは、その後ものの数分で、最後まで抜け目なくスピーディに幕を閉じた。その間、僕はまるで磁石で引き付けられてでもいるかのように、双眸を釘付けにしていた。そんな僕に、彼はショーの中途から気付いていたのだろうか、ゆっくりと振り返って、マスクを外してニヤリと笑う。
「あんたも、ライターなのかい?」
 突然話しかけられた僕は、一瞬びくりと身を強張らせたが、マスクの下のその顔が案外穏やかで、同じ年代らしき青年なのに幾分かほっとして、「違うよ」と砕けた口調で返事をした。
「初めて見たけど、すごいね。驚いた」
「ああ、そう。それは……光栄だな」
「いつも、ここで書いてるのか?」
「ああ、まあ、大抵はな。グラフィティにキョーミがあるなら、また見に来ればいいよ。マッポを呼ばないギャラリーなら、歓迎すっからさ」
 言いながら、彼はさっさと片付けを始める。どうやらそのまま行ってしまいそうに思われたので、僕はせめてこれだけでもと思い、少しだけ焦った口調で、「ねえ」と彼の背中に呼びかけた。
「名前。何て言うの」
「タグのことか?」彼は一瞬訝しげに目を細めたが、それでも躊躇なく口を開いて、「――シアン」と言った。
「しあん?」大よそ日本人の名前ではない。僕が懐疑的な視線を彼に向けると、彼はちょっとだけ苦笑して、薄暗い中でゆるりと首を横へ振った。
「本名じゃないって。タグ、つまりグラフィティ用に使う名前のこと。俺の書いたグラフィティには全部、シアンってサインが付属されてる。昔からずっとこの名前だからな、本名よりも慣れてるぐらいだ」
 そんなものか、と僕は言った。そんなものだよ、とシアンは答えた。
 僕らの出会いはそんな、悪臭と喧騒の中の、薄暗く汚い路地裏で始まり、結局僕らは最後まで、路地裏以外の場所で顔を会わすことはなかった。


 これは後から知ったことなのだけれど、彼の通り名である「シアン」とは、根元は色の名前であるらしい。日本語でいうと藍紫色、色料の三原色の中の一つでもあり、色合いとしては明るい青緑色に近い。これは僕の勝手な推測だが、シアンはグラフィティを書く際によく、この「シアン(cyan)」と同じような色を使っていたから、きっとこの名前の由来も、そこから来ているのだろうと思う。少なくとも化学物質の方のシアンを意味するのではないだろう。
 今僕の目の前にあるこのグラフィティにも、左端の隅に意識しなければ気付かないような、小さなサインが刻まれている。ローマ字表記で、「shian」。僕はその擦れかけたサインの筆跡を、ゆっくりと指でなぞった。文字はまるで溶けるように細く繊細なのに、指のはらに残る感触はざらざらと心地が悪い。そこにグラフィティとタグがあることなどまるでお構いなしに、その壁は壁としての存在を主張していた。いつまでも、主張し続けていた。
 ――壁は、グラフィティを、記憶するんだ。
「記憶……」
 ぽつりとそう呟くが、いつものように陰気な路地裏の隅での独り言に、答えてくれる者などいない。僕はシアンのグラフィティの前に立ち、そのスプレーが染み入った壁画に手の平をかざしながら、またそこに書かれた文字を見た。何度も見慣れたシアンの筆跡と、独特のスローアップの技巧。

 Do you kill me?

 どぅーゆぅきるみぃ、と唇を動かしてみる。あなたは私を殺すのですか。
「あんたは、俺を殺すのか」
 物騒な文字列は、シアンのグラフィティ調で他の作品と同じように踊り、舞って、壁の中に落ち着いている。あまりにもポップな印象を受ける書き方をしているからか、一目見ただけではそのグラフィティが「殺す」などと歌っていることすら、全く分からないだろう。流し目で見たら、また雑な落書きだと軽蔑の目を向けられるのが落ちである。
 けれどそれは、このグラフィティを書いたライターを知らない者にとっての話だ。僕の場合は、このグラフィティに対して違った方向からの見方ができる。僕はシアンという人物を知っている。それだけのことが、この無意味なグラフィティにわずかなりの意味を与える。ライターを知っている者の前でだけ、そのグラフィティは特別な踊りのリズムを刻み、チカチカと瞬く。
 僕は、このグラフィティが完成するまでの過程を見ていない。ものの二、三分のショーは僕の見ていない時間に幕を開け、僕の見ていないところで幕を引いた。そして、そのショーを実演していたライターも、僕があくびをしながら授業を受けている最中に、闇の中へ沈んでしまったのだ。
 シアンを見かけなくなって、もう二ヶ月が経とうとしている。
 僕とシアンのささやかな交流は、あの頃ほとんど毎日、短い時間と限られた場所ではあったが確実に行われていた。毎日の数十分、ショーの主演と観客という上に成り立つ友人関係だけが、確かに持続していた。僕らは時に静かな言葉を交わし、時にそれぞれの物思いにふけって黙り込み、時に路地裏のちんけな飲食店に入って、馬鹿らしい冗談を言い合った。
 僕とシアンは共に学校にいれば同級生の年代であったし、何しろ互いが互いに別の世界に生きる存在のようであったから、反面への好奇心が作用して、会話はよく弾んだ。僕はシアンからグラフィティについて教わり、シアンは高校で習う勉強の内容について、こと細かに知りたがった。
 そんな毎日であったから、僕は次第に、シアンのグラフィティを眺めるのが日々の習慣になってしまっていたのだ。それが、当たり前の日常だった。教科書の詰まった重い鞄を提げて帰路を辿れば、足が自然と路地裏へ向かった。シアンはいつも薄暗い中で僕のことを待っていて、姿が見えると無言で立ち上がり、グラフィティを始めるためにマスクを被った。
 そのシアンが、僕と出会って二ヶ月も経っただろう頃に、何の予告もなく、唐突に、路地裏から姿を消したのである。これまでの支離滅裂な言葉たちとは違った、意味は通るのに物騒で奇妙なグラフィティだけを壁に刻んで、シアンは消えた。
 シアンと知り合ってからの二ヶ月と、シアンがいなくなってからの二ヶ月。僕の生活には、帰宅時の寄り道がなくなったこと以外に、何の変化もなかった。ただ僕は、それでもつまらない期待に背中を押されて、毎日路地裏の道を通った。
 シアンの残したグラフィティたちは、日を追うごとに色が抜けて薄くなっていくようで、上から別のライターに重ね書きされてしまっているグラフィティも、決して少なくはなかった。消失していくシアンのグラフィティは、文字通り壁に吸収されていくかのように、いつしかその踊りを止めた。シアンの記憶を持った壁の間を、僕はどこかむず痒い衝動に襲われながら、脇目もふらずに毎日通り過ぎていた。
 だが僕は、シアンがいなくなったことに遣り切れない侘しさこそ感じていたが、なぜだか、それでシアンを捜そうとか同じライターたちに掛け合ってみようとか、そういった気は一度も起きなかった。実際のところ、僕はシアンの素性はおろか、彼がなぜグラフィティに凝っているのか、なぜ高校には通っていないのか、普段は何をして過ごしているのかなど、何一つとして全く知らなかったのだ。彼は雑談の中に、自分のことはほとんど挟まず、僕にそういった情報を与えようとはしなかった。だから僕にとっては、いくら彼を捜索しようとしても、その手持ちの情報の少なさでは、到底無理な話だったのである。
 それに僕は、シアンが自発的に消失したかったのであれば、僕の前にはもう現れたくないと言ったのであれば、それでいいかなとも思っていたのだ。何か意図があったのかもしれないし、ほんの気紛れでの失踪なのかもしれない。少なくともシアンは、壁にグラフィティを記憶させ、僕の脳内に自分を記憶させてから、身を隠した。さり気なく消えたように見えて、置き土産はずるい程に残していった。
「どぅー、ゆぅ、きる、みぃ」息を吸うと、喉を空気が刺した。「――あんたは、俺を、殺すのだろうか」
 殺す、という単語が心臓に焼き付いた。キル。キルキルキルキル、キル、ミィ。胸中で何度も呟くと、それはまるで無意味な文字の羅列のように思えた。まるでグラフィティのようだ、と僕は失笑して、それから、あぁこれはグラフィティなのだっけと思い出す。ならば、大した意味はないのかもしれない。いつもの痛快な言葉たちと同じ、気紛れなスローアップだったとしても、あのシアンのことだ。おかしくはないだろう。 
 だけれど、僕は何かしら、シアンの刻んだこのグラフィティに他のものとは違う印象を感じていた。彼のお気に入りのカラーと、お気に入りの字体。いつもの筆跡といつものリズム、いつもの脈動。あまりにも見慣れているシアンの、最後のグラフィティだからこそ、僕は妙な胸騒ぎを抱いたのだ。
 ミィとは、この場合グラフィティを書いた張本人であるシアン自身のことを指すのだろう。どぅー、きる、みぃ。シアンを殺すのか。ゆぅ。ユゥはシアンを殺すのか。そのあなたとは、誰に向けて放たれた文字なのだろうか。
 僕か、もしくは、壁か。それとも、グラフィティそのものか。僕の知らない何者かか。シアンの中にある彼自身か。抽象的な暗喩か。世間か、民衆か、世界か。
 この問いに答える権利は、誰の元にあるのだろうか。軽快なタップのグラフィティに包まれたシアンの言葉は、文字でありダンスであり、音楽であり、はたまた声でもあった。グラフィティという一つの主張が、僕に様々な角度から語りかける。
 「you」は、僕ではないのかもしれない。だが、そうでなくとも、僕は一つの回答を示したかった。
「No,」
 壁を触ると、グラフィティのスプレーが染みて溶け出し、僕の指と指の間を流れていくような錯覚が、双眸の奥にカチカチと映った。それで、僕は目を閉じてしまった。
「Nobody kills you. (誰もあんたを殺しはしない)」
 目蓋の裏に語りかけるのは、奇妙だった。英語なんて喋れもしないくせに、僕は少ない知識を捏ね合わせて、きちんと意味が繋がっているのかも分からない文法を口走る。誰もいない路地裏で、誰も聴いていない声で格好をつけても仕様がないのに、なぜだか、アルファベットを使わなければならないと感じた。日本語では、グラフィティに答えが伝わらない。
「It is impossible to kill the memory. Did not Shian say? (記憶を殺すことは不可能なんだろ。シアンが言ったんじゃないか)」
 僕はゆっくりと、閉じていた瞳を開けた。すると、それまでかすかに音を鳴らし踊っていたシアンのグラフィティは、僕の目の前で、なぜだかつと足を止めていた。よく見ると、アルファベットの一文字がいつの間にか擦れていて、もはや判別することは難しい。文字が一つでも欠けると、グラフィティは未完成になり、壊れて、崩れ落ちる。
 最後のグラフィティが、そうして、終わろうとしていた。
 その閉幕を見届けて、僕はつと踵を返す。グラフィティが消えた。シアンが消えた。それがどうした、と思った。ふいに全てが馬鹿らしく、寂しくなった。路地裏の空気に嫌気が差して、帰宅への道を辿りだすと、次第に足が早まった。
「Your Graffiti never dies. (あんたのグラフィティは、絶対に死なないよ)」
 早歩きに道を踏みしめながら、僕は小声でそう呟く。やがて、路地裏を抜けた。街頭の明かりと、これまでとは打って変わった穏やかな匂いが鼻腔をくすぐり、僕は安堵の息を吐く。もう、あんなところは通らないぞと心に決めた。シアンのグラフィティは、あれで全てが抹消されたのだ。全てが最後の踊りを終え、疲れ切った体を奮わせて、人間の視界からは消失した。
 シアンのグラフィティは、壁の中に溶けた。
 だが――少なくとも、僕は、覚えている。覚えて、いるのだ。
 壁と、僕は、記憶する。
 記憶をしている。

 Do you kill me?


 以後、僕はこの街に、新たなグラフィティを見かけたことはない。

fin
(2008.11.21)

   感想・批評など、よろしくお願い致します。



inserted by FC2 system