彼女についての

 これは人間の所有する五つの感覚器官がひとつずつ剥がれ落ちていくという奇病である。たとえば俺の妹の場合、それはまず味覚から始まった。
「ダンボールの味がするの」と、妹は言った。「とても不味いの、何もかもが」
 俺には妹の表現がいまいちパッとこなかった。だって人間、ダンボールを飲み込む機会なんてそうもない。もちろん彼女だって、生まれてこの方ダンボールなんて食べたことはなかっただろう。けれど、彼女はそれをダンボールのようだと言った。パサパサしていて、味気のない厚紙。
「舌が麻痺しちゃってるのよ。梅干しも、生クリームも、唐辛子も、すべてが今の私にとってはダンボールでしかない。私の味覚は、疲れ果ててしまったのね、きっと」
 大学生になったばかりの妹は、兄である俺の目から見ても、実に健気な性格をしていた。彼女は自分の不幸をあまり考えない人間だった。哀しいまでに他人の椅子を持ちあげ、自らを常に下位に置くような人間だった。だから彼女は、自分の味覚にさえも優しく接した。疲れちゃったならいいの、しばらく、ゆっくり休んでいてね。そうして、彼女は笑いながら、毎日ダンボールの食事を食べ続けた。
 妹はこの段階では、自分の味覚が機能しなくなっていることを、俺にしか話していなかった。「ママとパパに話したら、また過剰な心配をさせちゃうわ」と、彼女は照れ臭そうに肩をすくめた。実際、俺たちの両親は、一人娘である妹に少々甘かった。両親は、度を過ぎてはいないにしろ、妹には過保護だった。そして、彼女自身もそのことを分かっていた。親に話したら、味覚が正常に戻るまでは、入院生活になりかねない。
「じゃあ、どうして俺には話すわけ?」
「兄貴はいいのよ」妹は不恰好な八重歯を覗かせながら、「だって兄貴は、私のこと、嫌いだもの」
 残念ながらというべきか、妹の言うことは真実だった。俺たちは傍目には、比較的仲の良い年子の兄妹だったけれど、俺はこの素直で純朴な妹が嫌いだった。好きじゃなかった、というレベルではない。本当に大嫌いだったのだ。その消えることのない嫌悪感は、俺が物心つき始めた幼少時代から、二十歳を目前に控えた今日まで、ずっと続いている。
 俺だっていつまでも、たったひとりの妹を睨み続けるのは我慢ならなかったから、何とかして彼女を好きになろうとした。周囲から好感を懐かれ易い彼女を、どうして自分だけは好きになれないのだろうと、中学生の頃には毎夜思い悩んだ。けれど俺の、彼女に対する圧倒的な不快感は、努力すればどうにかなる類のものではなかったのだ。それはもう、理由のない宿命のようなものだった。
 俺は一生、この妹を好きになれはしない。散々苦悩しきった挙句、俺は十八歳を迎えた朝に、ようやくそう腹をくくった。諦めたのでも、吹っ切れたのでもない。ただ、妹を好きになれない自分を受け入れただけだ。俺はそこで、生まれて初めて裸の自分と向き合った。まったく妙な話だが、妹への耐えることない憎悪が、俺の最後の着飾り衣装だったのだ。
 そうして俺はそれまでの自分に手を振り、けじめのために、妹の前で堂々と宣告をした。それまで誰にも言えずに隠し通し、ひとりでずっと溜め込んでいた感情を、俺はその時、初めて口にした。
「すっげぇ、悪いんだけど」無様なことに、俺の声は震えていた。「俺って昔から、おまえのこと、大ッ嫌いなんだ」
 妹は、一瞬もとから丸い目を更にくりくりとおおきくして、俺の寂しげな顔を凝視した。けれど妹は、それから何も言わずに頬を緩めて、「うん」と頷いた。彼女の声は実に平静で、透き通っていた。
「やっぱり」
 そう、小さな声で呟いて、妹は池の波紋が広がるように笑った。
 それ以来俺たちは、とても奇妙な関係の兄妹になった。兄が妹を嫌っていて、妹はそれを承知したうえで、兄と必要最低限の会話をした。両親の前以外では、俺たちは仲の良い兄妹の演技を一切やめた。もちろん妹は、俺が嫌がることを分かっているから、自分から俺に話題を振ったりはしない。けれど仕方なく、俺が妹に話しかける必要性が応じた時には、彼女は流暢に、まるで毎日普通に俺と談笑をしているかのような調子で喋った。彼女は天性的に、俺よりもはるかに高いコミュニケーション能力を持っていたから、次々と溢れ出てくる言葉の細部ひとつひとつにまで、彼女はちゃんと気を配って話してくれた。だから俺も、妹との会話を不快に感じることはほとんどなかった。彼女の気遣いは、俺の心の荷を軽くした。
 だから今回の件で、妹が俺に話しかけてきた時、俺は心底驚いた。あの区切りの日から数えて、妹が俺を直接的に呼んだのは、その時でようやく二回目だった。それも、過去一回は妹の部屋にゴキブリが出た時だ。あの時の慌てた声と、今の落ち着いた滑らかな声とでは、彼女の雰囲気はまるで違う。
 けれどどちらも、緊急事態という面で見れば、恐らく同等のものなのだろう。
「どうして、自分のことを嫌いな奴に、自分の悩みを話すんだよ?」
「だって兄貴は、どれだけ私が苦しそうにしていたって、パパたちに告げ口したりはしないでしょ。私が苦しもうが死のうが、兄貴にとっては全然、どうでもいいことなんだから。むしろ、いなくなってくれた方が好都合」
 妹の言うことはもっともだったし、残酷だと後ろ指を指されるかもしれないが、俺は内心本当にそう考えていた。人間誰だって、嫌いな奴相手には、人間の死を容易に望める悪魔になれる。他の人間に対する視点とは、価値観がころっと百八十度も変わってしまうのだ。
 でも、と俺は言い返した。「告げ口なんてする気はないけど、それ以外でも、俺が何かしてやれるわけじゃないぜ。俺に話したって、おまえに利益はない」
「わかってるよ」妹は言った。「ただ、誰かひとりには話しておかないと、私が突然死んじゃった時に困るじゃない。パパとママが。ちゃんと、原因を知っている人がいないとね、私は、死にたくても死ねない人間になる」
 妹の言い草に何か不穏なものを感じて、俺はへらへらとした調子を繕って言った。
「何、おまえ。死にたいの?」
「死にたくないよ」妹は、ふにゃりと笑った。「でも、私の体がそう望んでいるんだったらね。死なないわけには、いかないでしょ?」
 俺には妹の言葉がよく分からなかった。分からないまま保留しているうちに、今度は彼女から嗅覚が消えた。
「アロマも芳香剤も、煙草もわさびも、おんなじ匂い」
「どんな?」
「なにかが腐ったような」妹は仕事を忘れた鼻をすすって、「生き物が、腐ったみたいな。そうゆう匂い」
 謎の奇病は、妹の神経をどんどんと侵食していくようだった。俺は妹のことが嫌いだったから、病気の進行具合をいちいち話してくる彼女に、何のアドバイスもしなかったけれど、内心ではそろそろ病院に行った方がいいのではないかと思っていた。このままじゃ本当に、彼女は五感のすべてを失くしてしまうのではないだろうか。
 けれど俺の考えとは裏腹に、彼女自身は、自分の感覚が壊れ始めていることをまったく気にしていないふうだった。「今度は、鼻が疲れたみたい」と彼女は言った。「きっとパパの煙草の匂いを、嗅ぎすぎたのね。副流煙は、本物の煙よりも、体に悪いっていうし」
「それは肺に悪いって話だろ」
「なんでもいいじゃない」ふと、妹はこんな時でも平気で笑った。「冗談よ」
 本当に妹はいつでも笑っているようなやつだった。まるで笑顔がそのまま、素面に張り付いてしまっているかのように。妹はあまり化粧をしなかったけれど、もしかしたら、彼女にとっての化粧はその笑顔にあったのかもしれない。彼女は笑顔で化粧をしている。けれど、その笑顔はとても偽者にはみえない巧妙なものだった。
 やがて、妹は視覚をなくした。瞳に真っ黒のフィルターがかかってしまうと、彼女は外出をしなくなった。家の中でも歩くのも危険だったから、妹は自室に閉じこもるようになった。彼女が部屋から出るのは、俺が持ってきた一日三回の食事を受け取り、同じようにして返却する時と、手洗いを使う時だけだ。さすがに、これには両親に納得のいく説明をしなければならない。
「兄貴、お願い」
 妹の壊れた二重まぶたに見つめられると、俺は途端に胸糞が悪くなった。腰の位置で握り締めた拳はぷるぷると震えて、理性のねじがひとつでも、ぽとんと外れ落ちたら、すぐにでも動いてしまいそうだった。俺がどうして、こんな奴のために尽くさなければならないのだろう。ほとほと疑問を感じながらも、俺は渋々頷いてやる。
 ここで俺が協力しなかったら、妹は親に直接、理由を説明しなくてはならなくなる。彼女が虚言を突き通せる確信はない。両親が真実を知ったら、俺も当然、彼らにとがめられることになる。そんな面倒に、俺は関与したくなかった。それなら、ここで俺が一肌脱いで、上手い言い訳をした方が何倍も得だ。
「あいつは、病気だよ」
 少しでも驚かしたら、すぐに心臓を停止させてしまいそうなほど、冷や汗を垂らして心配そうな表情をしているふたりの大人に、俺はゆっくりと言った。まるで手術が終わった後の医師のように、どこか重々しく緊迫感のある声を、腹の底から搾り出す。
「病気って、何の」
「何のっていうか、ここの」言いながら、俺は自分の心臓を指した。「精神とか。ココロの、ね」
「精神内科、かしら」
 俺の一挙一動に、おどおどしたり声を震わせたりする両親が面白くなって、俺はすっかり「妹を案じる兄」の役になりきった。ううん、と首を捻り、少し言いにくそうに何度かどもりながら、あのさぁ、と続ける。
「これ。父さんと母さんに、言っていいか、分からないんだけど」
「なぁに」
「あいつさ、学校で」俺は伏目がちに、嘘を飛ばす。「……イジメ。られてるん、だって」
 え、とふたりは口を半開きにした。そんなタイミングまで、彼らは本当によく似ていた。同時に口をぽかんと開けて、同時に額に汗を流す両親は、傍から見ているとひどく滑稽だった。ふたりでひとりの道化師みたいだ。自分の娘の感覚神経が失われつつあることを、彼らは知らない。自分の息子が、妹を訳もなく憎み続けていることも、この人たちは知らない。
「イジメ、って。それじゃ、学校とかに」
「いや。父さん、母さん」
 俺はふたりの顔を見回し、「こういうのは、時間の問題だし、何しろ自分自身の問題だ。親が口を出すようなことじゃないよ。それに、ワカモノ同士じゃないと、通じる話も通じない」
 それじゃあ、と尻切れトンボの言葉を呟いて、彼らはどこか懇願するように俺の顔を窺った。彼らは虚弱であり、矮小だった。この非常事態に、真実を知らない彼らは、決して妹のことなど案じていない息子に、切実に助けを求めている。俺は内心おかしかったけれど、それを決して億尾には出さず、「ああ」と疲れた微笑をうかべた。
「俺が、何とかしてみるよ。とりあえずは。だから、父さんたちは気にしないで」
 俺に任せて、と喉元から妙な言葉が出た。色も奥行きもない、薄っぺらでモノクロの言葉を、俺たちの両親は素直に信じた。ありがとう、と彼らは言った。ありがとう、お兄ちゃん。俺は、その響きに吐き気がした。その昔は妹だって、俺のことをお兄ちゃんと呼んでいた。だが、中学生に上がった年についにその気持ちの悪い語感に耐えられなくなり、俺は彼女に「止めろ」と忠告したのだ。お兄ちゃんって呼ぶの、止めろよ。なぁ。
 理由は言わなかったけれど、当時小学生だった妹は、俺の声色に不穏なものでも感じたのか、何も訊かずに頷いた。じゃあ、何て呼べばいいの、と彼女は言った。俺はしばらく迷った挙句、アニキと呼べよと吐き捨てた。妹はその日から、突然呼び名をころっと一転させて、まるで始めからそう呼んでいたかのように、実に自然に「兄貴」と言って、笑った。
 最近では、その呼び名さえも、妹の声で再生されると喉元が嘔吐感に染まる。
「兄貴」ドア越しのくぐもった声に、俺は耳を澄ませた。「戦勝は」
「余裕」
「ありがとう」
「おう」
 自分の部屋に入ると、俺はベッドの上に転がって妹のことを考えた。不思議なことに、俺の思考だけはどうしてか妹を拒絶しない。どうやら幼い頃から、俺はずっと妹のことを考えてきたから、脳の神経だけは彼女を容認しているようだった。どうして自分は妹を好くことができないのか、どうして実の妹に対してこんな嫌悪感を抱くのか。彼女に告発してしまった後でも、俺は時々考える。打開策があれば、すぐにでも飛び付きたかった。けれど、それは何年も、鉛のように深く沈んで決して浮かんではこない。
 このまま、妹は全ての器官を失くしてしまうのだろうか。残っている五感を、俺は数えてみた。味覚、嗅覚、視覚。あとは聴覚と触覚だけだ。鼓膜が死んでしまったら、俺はもう、妹と会話ができなくなる。俺だけじゃなくて、誰もが、彼女と意思の疎通をすることが、難しくなる。
 妹はこのまま、消えてしまうつもりなのだろうか。両親にも話さずに、ひっそりと、薄暗い自室の中で煙みたいに吹き飛んでしまうつもりなのか。俺はそんな彼女の胸中を、なんとなく考えてみる。自分の体が、それを望んでいるのなら。俺の脳裏に、彼女の言葉がぐるぐると回った。ひどく気持ちが悪くなった。まるで、妹と話をした時みたいな吐き気が、うっすらと喉元を染めた。
「ねえ、兄貴」
 そうして、妹が部屋にこもり始めて数日が立った夜、彼女は久しぶりに、ドアの向こうから俺を呼んだ。仕方なく、俺はドアに背を預ける。妹はドアのすぐ裏側にいるようだった。彼女の体温が、木片を通して背筋に伝わってくるようで、俺はしかめっ面になる。腕に鳥肌が立った。
「何だよ」
「おやすみ」
 その言葉を、俺は妹の口から、久しぶりに聴いた。おやすみ、兄貴。何年ぶりか分からないけれど、昔は毎日、それが就寝前の儀式であるかのように、こぼれ落ちていた言葉だった。俺は嫌な予感がして、先ほどとは種類の違う鳥肌にぞくりとしながら、ドアノブをがちゃがちゃと回す。そこには鍵がかかっていて、ドアは一向に開く気配がなかった。
「おい」
 呼びかけても、もう布団に入ってしまったのか、彼女からの応答はない。俺はなぜか、額に冷や汗を垂らす。おい、ともう一度言って、右手に拳を作り、ドアを叩こうと腕を振り上げてから、ふと、我に返った。俺は、何を必死になっているのだろう。ここで妹がドアを開けたところで、彼女に降りかかった奇病は変わらない。それに第一、俺は、妹が消えてくれた方が、楽なのだ。彼女がいなくなってくれた方が、俺は、嬉しいのだ。
 俺は腕を降ろして、硬く結んだ拳を開いた。手のひらは、びっしょりと汗で濡れていた。
 そして、妹はその翌日、死んだ。
 妹はベッドの中に入って、布団を頭まで被って、まるで眠るように死んでいた。恐らく寝ている間に、何らかの理由でそのまま息を引き取ったのだろうと、警察なのか医者なのかよく分からない親父が鑑識して言っていた。彼女の遺体はそのままどこかへ運ばれていった。死因がはっきりしないから、これから調べるのだと彼らは言った。赤く腫れきった目でこくりこくりと頷く両親の横で、俺はひとり、無感動に突っ立っていた。
 妹は遺書なんて器用なものは残していなかった。ただ、彼女の机の上にはノートを一枚破った紙が置いてあって、そこにはいくつかの単語が並んでいた。罫線を無視した、大きく乱雑な文字。それは恐らく、彼女が最後に食べたもの、嗅いだもの、見たもの、聴いたもの、触ったもののリストだった。両親は、この奇妙なメモを見て小首を傾げたけれど、俺はそれで、ひとつ心残りだった疑問に答えを出すことができた。
 つまり、彼女は死ぬ前に、確実に聴覚と触覚を失っていたということだ。だからここに、最後に聴いたのだろう音と、感覚があるうちに最後に触ったのだろうものの名前が、書かれている。そして彼女は寝る前に、手探りで鉛筆を探って、触覚がないからそれが鉛筆なのかも定かじゃない状態で、このリストを書いたのだろう。ぐりぐりと、自分の最後の記憶を、彼女はここに残していった。
 そうして、全てをなくした体になって、妹は眠ったのだ。もう何も感じない、死体みたいな体になって、彼女は消えた。
 俺は、これを誰かに話すべきかもしれない。せめて両親ぐらいには、打ち明けておくべきなのかもしれない。けれど俺はそれから、彼女の死体が「死因不明」という名札をつけて火葬され、全てが終わってしまったあとでも、口を閉ざしたままだった。わざわざ、妹の不幸を彼らに教えなくてもいい。妹は、自分が突然死ぬようなことがあったら、俺にその原因を説明するように託した。けれど、嫌いなやつの頼みを、どうしてわざわざ俺が、相当の面倒を被って実行しなければならないのか。
 それに、俺は本当に、妹が消えたことでほっとしていた。もうこれで、誰かに嫌悪を抱くことも、そのことでくよくよと悩むこともないのだと思うと、両親の虚ろになった瞳とは対照的に、俺の視界は晴れた。妹が消えて以来、俺はもう喉に吐き気を感じることはなくなったし、家に帰るのが嫌だと思うこともなくなった。俺の世界は、妹が消えたことで、ようやくギシギシと軋んだ音を上げながら、動き始めたように思えた。
 けれど時々、俺は彼女の最後の筆跡を思い出す。妹は、最後に聴いたものの欄を、あにき、と記していた。彼女はそこにだけ、嘘をついていた。だって、俺とドア越しの会話をしたあと、直後に聴覚が壊れたのだとしても、妹の部屋には外の、道路を走る車の音とか、隣の家から漏れるオーディオの音とか、そういった効果音が絶えず流れ続けていたはずなのだ。だからこれが、彼女が最後に鼓膜で受け入れた音のはずは、ない。
 けれど、彼女はそこに、あにき、と確かに書き殴っていた。乱雑なその文字は、俺の目には、何かしらの、彼女の「あにき」に対する悪意がこもっているように見えた。彼女の恨みや憎しみが、そこに凝縮されているような気がした。妹は、何を思ってこの三文字を書いたのだろう。だが、どちらにしろ、そこには彼女の本音がちゃんと顔を出して、俺をじいっと睨み続けていた。
 俺は今でも時々、妹のことを考える。妹の部屋の机には、両親のどちらかが置いたのだろう花瓶の花が、いつも静かに揺れている。それを見るたび、俺はその花瓶を引っつかんで、床に打ち付けてしまいたい衝動に駆られる。拳は震えて、俺にゆっくりと問いかける。なぁ、兄貴。お前って、滑稽だよ。

fin
(2009.07.31)

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